
家族の座
〜ファミリーコンステレーション〜
新しい家族と
のぞむ未来を創りたい人に
望む未来を手に入れる
癒やしのワーク

夫婦喧嘩、家族のトラブルetc.
感情が波立つことがおこるたび
目の前の相手との関係を断ち切るような
コミュニケーションになってしまう。
それが嫌で、我慢をしている
でも、本当は最愛のパートナーと
心かよう結婚生活を送りたい。
わが子をあたたかい家庭で育てたい。
…と願うことはないですか?
家族の座は、
そんな安心感と家族の調和を
体験を通して学べる場です。
どんな家庭にも、どんな人にも、その家族なりの安心感と調和があります。
自分の家族の事実を見たとき人は
本当にくつろぎ、
前に進む一歩が
踏み出すきっかけが見つかります。
子育ては家族をつくる
&
子どもと一緒に自分も変わるチャンスのとき




私達は育った家族の影響をうけながら、結婚して新しい家族を創っていきます。
その影響に気づきながら、のぞむように未来を変える。
それが家族の座のワークです。
家族の座はこんな方におすすめをしています

自分らしく生きたいと思っている
(でも、なんか難しい)
- 何か思うようにならないとイライラする自分にうんざり。変わりたい。
- 無自覚でくる「親の影響」を知って抜けたい
- まわりに振り回されたり、顔色を見る自分を辞めたい
- 自己肯定感のなさ、繊細すぎを抜けて、自信を持った仕事や人生にしたい
- 私ひとりが頑張っているを卒業。ラクになりたい。
- パートナーや大切な人と、無理せず信頼を感じられる関係を築きたい
自分にダメ出しばかりしている
自分を変えたい
- 頑張っても、まだまだ頑張らないとダメだと思ってしまうところがある
- 結局いつも、なにか物足りないと思ってしまう自分がいる
- いつもイライラしたり、落ち込んだりすることが多く、感情を持て余す
- 愛されたいのに素直になれない。パートナーに厳しく言う。あるいはパートナーに厳しくされる。
- いつも時間に追われいて、バタバタしているうちに終わってしまう。
- どうせ私は…と諦めたり、分かって貰えないことが多い。


気がつくとジャッジばかりしているのを
抜けたい・やめたい
- パートナーに期待をしていなくて、子供は自分が育てると思っている。
- 結婚をしたが、実家暮らしをしていたり、なにかと実家を頼ってしまう。
- 自分は愛情不足で育ったと思っている。きょうだいの誰かだけが愛されていた。
- 自分が親のように子育てができなくて、落ち込むことがある。
- 子供には、自分のような育ちをして欲しくない
- 離婚したり不仲な親の元で育った。今も親に近寄りたくない。
家族の座で得られるもの・見つかるもの
家族の座のワークは、家族本来のあたたかさを、体の感覚をとおして感じること。
今の「わたし」が抱える困難さや、望まないのに繰り返していることを手放し、欲しいものが手に入った体験をもたらします。
それは、その後の人や物事との関わり方を、ずっと深く、長く変えていってくれるチカラがあります。
一般的な課題解決と、家族の座の違い
一般的な課題解決

コーチング、カウンセリング、あるいは多くのセラピー療法は、本人が問題と思っていることを明らかにし、それに対する打ち手と何らかの行動をしていきます。いわば「問題を見つめ、解決するだろう」方法を試行錯誤している状態。ときに大きな傷みを伴います。
家族の座で見ていく効果

家族の座でみていくことは、まず、困ったと思っている本人の出来事や状態に「何が起きているのか」を、代理人を通して事実としてみていくこと。そして次にその「問題がない状態」を体験する。この2つのプロセスは本人に、大きな「くつろぎ」をもたらします。
【家族の座】
受ける方法は2つ

ワークショップに参加する
ワークショップでは、時間をかけてゆっくり自分に必要なことを受け取っていくことができます。参加者一人ひとりの気づきがどこか自分につながる、相乗効果の高いワークです。

個別セッションを受ける
個人セッションは、急いで受けたい方や、自分のことをまず話して出したい。
整理したいという方におすすめ。
家族の座は、人以外のあらゆる
色んな物事の
根っ子にある
モノもわかるワークです

たとえば…
- 自分がついやってしまう嫌な癖
- パートナーの不可解な行動の原因
- お金との付き合い方(貯まらない・浪費など)の原因
- 気になる子どもの言動の理由
- 時間がうまく使えない私の解決方法
- 仕事か、子育てか。選べない私の原因と希望
事実を事実としてみることは、時にこわいと感じることかもしれません。
でも、事実を見ることの「くつろぎ」は、多くの人が【家族の座】を何度も受けに来る理由の一つでもあります。
ワークショップ
開催スケジュール
2022年開催
◯10月8−9日(土日)群馬
◯10月22−23日(土日)大阪
2023年開催
◯1月21−22日(土日)東京
ワークショップ
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【家族の座】に参加された方の声
参加してみて、父に対して父親としての役割を思った以上に課していたことに気付きました。
父も弟として、夫としての顔があり、彼の悲しみや苦しみが座の中で浄化されていった感覚があり、父もいろんな役割を持った一人の人間なんだということが体感に落ちたという感じです。
自分の今の家族を振り返って、夫に対してぎくしゃく感があったときは、自分の夫として見ていなかったなと感じ、結婚当初にどんな妻であって欲しいか(家事とかできなくてもいいから、笑顔でいてほしいと言われたこと)を思い出し、その通りに行動したらコミュニケーションが良好になったことも…。
家族の座を受けたことがここも繋がっていたんだなと気づきがありました。
「あぁ私の家族はここなのだ」と実感しました。
母のことは年月と共にどうにか風化させてきた、と思っていたけれど、まだまだ恐れていたり、心を占められていたり、いまだにこんなにも影響があったのか、と驚きました。
自分の座が終わった日、子供と主人に会ったとき、「あぁ私の家族はここなのだ」と実感しました。家にいてもどこか心許ないというか、隅で小さくなっていたい気持ちになることがあったのですが、今の私の家族はここ。という立ち位置がしっかりした感じがします。家族って寛いだり安らいだりするものなのだ、というのが少し感じられました。
「くつろぐ」ってことをジワジと感じています。
家族の座、受けて本当に良かったです。くつろぐってこと、時間がたってじわじわ味わっています。翌日はむしろ脱力と仕事のギアが上手く切り替わらなくてぼんやりしちゃいました(笑)
私は母の夫としての役割を勝手に背負っていたようで、手放したときの感覚を今でも忘れられません。そしてずっとわからなかった家族という感覚を、代理人の立場を通して感じることが出来ました。自分の位置に立ち、家族になる感覚、じわっと溢れてくるエネルギー、どれも今まで感じたことのないものでした。
今やっと、この先ではなく「今を」感じられている気がします。息子の笑顔を見ることが、本当に幸せだなと思う。息子と共に笑っている人生に幸せを感じます。
頭の中が静かになり、追われている感覚がなくなりました
ここ半年程、ずっと何かに追われている感覚(警報音)があり、時間が空いても有効につかわなければとセカセカとしていました。その警報音は「(母親でもなく、妻でもない)何者かになりなさい!すごい(と言われる)何者かになりなさい。」と私を急き立ていました。
でも、家族の座に参加して、私の「立つ場所」に立つ感覚を持てたら、「何者かになりなさい。」が聞こえなくなりました。安心して、「母親」「妻」「わたし」をやれている感覚です。
参加後に、小さいけれど大きな変化がありました。家にいる時にふと、「録画しておいたドラマ、今観よう」とごく自然にドラマを観ていました。どんなに時間が出来ても全然観られなかったのに、この日は当たり前のように動けたことに驚きました。
小さなボタンの掛け違いに気がついて、開放された
自分が思っていた問題は、とても単純なボタンの掛け違いの様な事から始まっていた。でも、その掛け違いがそのまま進んだことで、私の中で混乱が起き、思ってもみない方向に自分で進んで行ってしまっていたんだなと気付く事ができ、私の問題は見方を変えることで、解決の糸口が何となくつかめるような感覚を持ちました。
そして、今ある実家の家族で起きている問題も同じ所からきているんだろうなということを何となく感じました。しかし、この問題に私は関わることが出来ない、というかそれぞれの問題であり、それぞれが向き合うべき事なのかなと思うと、自分も何かをしなければいけないという思いや私が緩和剤になるべきなのではという思いから少し開放されました。
ただ素直に感じて出すということがこんなにも癒やされるのか。と思いました。とても心地よかった
代理人の時、普段は自分では置き去りにしてきている感情や隠している感情に触れることがあり、ただ素直に感じて出すということがこんなにも癒やされるのかと、体の中が満たされる感じがとても心地よかったです。
重いのに暖かかったり、胸が苦しい、気持ちが悪い、何かが込み上げる、怖い、嬉しい、悲しい、色々な感情が気持ちだけでなく、体全体で感じられる、頭ではなく、気持ちだけでもなく、体と気持ちが一緒になっている感じがとても不思議でした。
自分がその場から何かを感じるという体感、相手や周りの人から出ている空気感とか雰囲気とか、言葉がなくてもこんなにも色々な事を人は感じる事が出来るんだということを実際に体験できました。
人の思いを静かに見て、感じていくと、人ってこうやって影響し合うのだな。と思いました
自分の立たされた位置と向きで、感覚を全開にして、自分が感じたものをそのまま表現していくだけなのに、座がどんどん変化していく。 言葉にしたことで腑に落ちるのも不思議でした。
座の周りの人達も見えているのに、いないような存在感の薄さになっていて、急に現れた誰かの代理人がすごく気になったり、逆に目にも入らない人が居たり。
外から見ているときは誰か別人になったように見えるけれど、全部自分の中にあるものだけで表現していて、それが実際と違ったとしても、あるものなんだろうなって感じられる経験でした。
ただ言葉で共感する、とも違う相手を知る感じ。【感じる】ということをした感覚がありました。
普段の生活では使わない「感じる」ことをした感覚がありました。
共感するとも違う、なりきるとも違う、第六感のようなもの(それとも違うのですが。)を刺激された感じがしました。
そして、その感覚を刺激されたことで、自分を感じる感覚も敏感になった、という感じがしました。
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